母語が日本語ではない人の「日本語」の文章の思い出

これももう10年以上前の話なんですが、
母語が日本語ではない人が、「日本語」で書いた文章を
読んだことがあります。


詳しいことは書けませんけど、
大人になってから日本に来た方で
当時、在日期間が人生の約半分にもなっていました。
日本人と結婚していたけれど、結婚生活がうまくいかずに離別、
働きながらお子さんを育ててきた方でした。


その方の生活場面で使う言葉は、
職場はもちろん、家庭内でもほとんど日本語だったそうです。
けれども、在日期間が長くなっても、
日本語を読むことも、あまりスムーズではなく、
書くほうに関しては、かな文字も不得意でした。



その方は統合失調症を患い、
私は、その障害からくる生活上の問題の相談を受けていました。



相談をすすめる上で、
生活歴や病歴を詳しく聞かなくてはなりません。
普段の、日本語を母語とする人たちから
お話をうかがう時には、
事前にそれまでの経過を書いておいていただくのですが、
(もちろん、それぞれの人が無理なくできる範囲で、ですが)
その時ばかりは、どうしたらいいか、困ってしまいました。


というのも、
私がその人の母語を読めないという問題もあるのですが、
その人ご自身もまた、来日してからのことを
母語で文章にするのが難しいとおっしゃったからです。
「母国の言葉もだいぶ忘れてますから」
とおっしゃってました。
「忘れている」は、正確な表現ではないかもしれません。
また、病気の影響もあるかもしれません。


でも、人生の半分を日本で、主に日本語を使い、
おそらくは、日本語でものを考えてこられた、
そういう生活の中で経験してきたことを
母語を使って再現、文章化するのは難しかったようなのです。



まぁ、事前に書いておいていただく主な目的は、
こちらが知りたいその人の生活歴や病気の体験について、
ある程度の準備をしておいていただくためなので、
箇条書きでもメモでもなんとかなるのですが。


ベテラン職員の助言で、
その人が使うことができる文字を使い、
その人が書くことができる言葉で書いてきていただく
ということに落ち着きました。
こちらが提示した質問に対してのお答えを書いてきていただき、
それを読み上げていただくことにしたのです。


1週間後、その方が書いてこられたのは、
母語表音文字を使って書かれた「日本語」の文章でした。
B5のレポート用紙1枚に、小さい字でびっしり書かれた異国の文字。
けれども、その異国の文字が書いていたのは
まぎれもない日本語だったのです。
その人が普段使っている話言葉を
そのまま母語の文字で書き記したものでした。
事細かにいろいろな経験が記されていました。

読み上げていただいたのですが、
表音文字なので、私もあとから繰り返し読むことができます。
書いたものが残っているというのはありがたいことです。
「お話」だけだと、私がとったメモしか残らないですから。






ちょっとした思い出話でした。