「低線量被曝の健康被害」を語ることのむずかしさ

 「低線量被曝による健康被害の心配」と「被曝の心配をすることからくるストレス由来の健康被害」について考え、前のエントリを書きながら難しいなぁと感じることがいくつかありました。

(1)情報開示と対策が遅れたために、特に、汚染の強い地域では、放射性物質漏出の初期段階の空間放射線量が高い時期に、個々人がどれくらいの被曝をしたのかが十分わからないこと。*1
(2)被害の程度に差があるものの、放射性物質に汚染された範囲はがとても広く、さらに食品流通が広域化しているので内部被曝の危険の心配を含めると「低線量被曝」について心配している人は日本全国にいる、と言っていいくらいの状況であること。
(3)一言で「低線量被曝」といっても、とても大きな幅があるということ。もともとの自然放射線量にプラスしての1年間に1mSVも20mSvもどちらも「持続的な低線量被曝」という言葉で表現できるということ。
(4)「低線量被曝の健康への影響」は個人差も大きく、とくに大人と子どもとで危険性が異なるということ。
(5)「低線量被曝」による健康への影響は、よくわかっていないことも多く、シーベルトやベクレルの数値を見ても、自分の行動決定の判断が難しいこと。

 なので、「低線量被曝による健康被害」を心配する場合、その心配している人が、どこにいてどんな家族構成でどのような生活状況だったのかによって、実は相当異なる問題を語っているという状況があるのだと思います。
 

 私の住んでいる都内多摩地域だと、9月現在時点では地表1mの空間放射線値は0.05μSv/hから0.14μSv/hくらい、新宿の都立健康安全研究センターの地表1m測定はほぼ毎日0.07μSv/h、23区東部でも0.1〜0.2μSv/hくらいです。それでも、子どもへの累積被曝や飲食物からの内部被曝を心配して引っ越しを考える人もおられますし、移住を勧める人もネット上で見ることがあります。
 確かに放射性セシウムを含む雨は降ったわけで、その汚染は今も残っているはずです。でも、今の都内であれば…全体をこまめに見ているわけではないので、多摩地域の真ん中あたり限定でもいいんですが…転職や子どもの転校を含むような転居に伴うリスクの方が「持続する低線量被曝」よりも大きいだろうと考えますが、それは私の家族が子どもももう高校生でそれなりに身体ができてしまっているという安心感があることや、今の家がローン終了間近の持ち家だということ、仕事と通勤の問題など、我が家の条件のもとで考えているわけですから、たとえご近所であっても、妊娠中の女性や乳幼児のいるご家庭とは感覚も異なるはずです。
 そして、たとえば福島県でも会津若松市あたりだったら、この多摩地域の空間放射線量と比べてそう高いわけではありません。いわき市にも同等かそれ以下の空間放射線量の場所があります。同じ市内でも計測値は場所によって大きく違います。一方で、中通の各市になるともっと状況は厳しく、数値だけみると5倍から20倍くらいの放射線値が計測されていますし、特に3月中の被曝量が高いわけですから、「低線量被曝の健康への影響」という同じ言葉で表現していても、その切実度はまったく違います。同列に語ることはできません。

 それを踏まえたうえで、私はやはり「持続する低線量被曝由来」でも「ストレス由来」でも、結局のところ、体調不良へ対処方法は変わらないとし、ストレス軽減策はどこの場所であっても健康被害を軽減する方策として有効だと考えます。
 前のエントリでも書きましたけれど、何かしらの症状があって、その原因が感染症やその他の重篤な疾患ではなく、はっきりした原因が分からない状態であるなら、とりあえずはその症状にあった対症療法を受けながら様子をみていくしかないでしょう。居住地や生活状況から被曝量が心配される場合であっても、「低線量被曝」由来の健康被害に特別に対応できる治療法などないので、症状がよくなってからも定期的に健康診断・チェックをすることくらいしかできませんし、移住や家族の別居など、重大な決断を検討するならなおのこと、まずは心身の疲労困憊状態から回復している必要があります。
 ストレス由来の体調不良の場合でも、体調を崩し、心身ともに弱っているときに「心のケア」だけがあっても、効果が皆無とはいえませんけれども、充分な回復にはつながりません。一時的な転地療養でリフレッシュすることももちろん重要だし(これは被曝からの回復にも役立つはずです)、ある程度回復できたら、次はこれからをおびやかす「低線量被曝」対策を行う必要があることには変わりません。

 ただ、ストレス軽減といっても、それはまず身体的不調そのものを手当てして、ゆったり心身ともに休養できる環境整備を行うことや、事態の打開や改善のために何か自分が取り組むことがあり「無力ではない」という実感を得ること、困難な事態を共有していく仲間や支援者がいることも重要で、いわゆる狭義の精神科的治療や心理療法のみが有効だとは考えません。経済的な生活基盤が確保できることは、生活上のストレス軽減の基本中の基本だとも考えます。「食べて応援」もその一環ではあります。自分の家庭状況をかんがみて、測定の検査結果が納得できたら食べたらいいのだと思いますし、納得できずに不安が強いならば食べなくていいのです。ただし、安全や安心の確保にはコストや手間がかかるということを受け入れる必要があるとは思いますが。

 放射性物質汚染の被害、環境からの低線量被曝や飲食物からの内部被曝、そして日々の生活の中で被曝を心配し続けなくてはならないストレスという問題については、深刻度の差こそあれ、東北・関東地方だけでなく、日本全国が当事者になってしまいました。それぞれがわが身、わが家族を守りたいのは当たり前のことですが、より大きな被害を受けている人たちへ、八つ当たりや呪詛を投げつけ、困難に立ち向かう力を奪うことだけはやめたいと思います。そのためには、まず首都圏あたりに住んでいる私たちが自らのストレスフルな状態を認めてもいいのじゃないかと考えるのです。

  

*1:福島県東部でさえ、測定されて記録が残っている空間放射線値とかなり後になって行われた内部被曝の検査をもとにした推計しかできないのですから。