低線量被曝でもストレスでも・・・

科学はかならず被害者の力になる - 地下生活者の手遊び
被害が継続中の場合、PTSDという診断名は使わない - キリンが逆立ちしたピアス
とあるエントリを読んで職業的な権威付けについて考えた - akira-2008’s blog

 ↑の3つのエントリを読んで、これまでずっと気になっていたことを書いてみたくなった。

 強烈なストレスも持続的なストレスも健康被害の原因となるし、その被害の形は精神疾患とは限らない。身体だって病気になる。これだけは声を大にして言いたい。*1

 地下猫氏が引用している「大阪の精神科医」さんの文章はPTSDという診断がどういうものかという意味では正しい情報で、強烈なストレスをもたらすできごとが何もない状態であるにもかかわらず「ただの心配しすぎ」ではPTSDにはならないというのは正しい。でも、津波被災地だけでなく首都圏を含む東北・関東全域では、3月11日の震災そのものから受けたショック(大平洋沿岸の津波被害や千葉市コスモ石油の火災や幕張などの液状化ややライフラインの寸断などもある)や計画停電や物流寸断の物不足・買占め、毎日ある余震、そして水道水の放射能汚染問題など、強い恐怖を感じるできごとは確かにあったわけで、何もないところで「ただの心配しすぎ」をしていた人はいなかったとも思う。ストレスフルな事態は続いていたからPTSDの診断を下すような時期ではなかったとしても、ストレス性の身体不調が起こるには十分な状況はあったのではないかとも思うのだ。*2

 低線量被曝を軽視するつもりは毛頭ない。
 でも、ストレスに由来する健康被害だって場合によっては命にかかわるものになる。緊張状態が続くことで、身体には確実に負荷がかかる。感染症にかかりやすくなったり、胃酸過多で胃や十二指腸を壊したり、血圧が上がったりする。もともと基礎疾患を抱えている場合や高齢者や乳幼児だったら、リスクはより大きくなる。
 精神的ストレスから由来する身体症状は、決して「気のせい」というわけではない。詐病でもない。身体の内部では症状がでてしかるべき変化が起きているわけで、その変化は単純に「気にしなければ」治るというような簡単なものではないこともある。変調がまだ軽いうちならば負荷をとってしっかり休養すれば回復できるけれど、例えば「血圧が高くなった結果、脳出血を起こした」「胃潰瘍になって胃に穴が開いた」くらいまで変調がでてくれば、それは精神科医療の範疇であるはずがない。あるはずがない、は言いすぎだろうか。一般化の治療以外に精神科的ケアも必要な場合はあるだろうし、精神科医療だけで治療可能な範囲では到底ないというところか。
 
 「鼻血」「下痢(腸炎)」「胃痛(胃炎)」「倦怠感」「めまい」「脱毛」「頻尿」「微熱」「不整脈」「血圧の上昇」「月経異常」「アトピー性皮膚炎の悪化」などはストレス過多の状況でも起こりうる。持続的な低線量被曝の影響かどうかはわからない。調査のしようがないだろうとも思う。ただ、ともかく医療機関を受診すれば、その時の症状が重症か軽傷か、対症療法で短期のうちに回復するか継続的な受診や経過観察が必要かどうかはある程度までわかるはずで、受診して何かしらの投薬や生活上の助言で症状が改善するならそれに越したことはない。対症療法だったらストレス由来だろうと低線量被曝だろうと治療方針にそう違いはでないのではないか。低線量被曝由来だから、といって特異な治療方法があるわけではないだろう。

 何かしらの症状があるのであれば、重要なのはどうしたらその症状が改善できるのか、ということであって、「低線量被曝」なのか「原発事故由来のストレスからくる体調不良」なのかの判別ではないのだと思う。どちらにしても事故が無ければ生活の中になかった問題なのだから。
 
 Cs134やCs137などの放射性物質による汚染で、空間放射線量が高いままの地域についても、その地の人々に「避難=移住」か「除染や遮蔽による生活環境改善か」の二者択一を強いることもおかしい。font-daさんの言う「当事者に呪いをかけるな」には同意できるのだけど、ネットでときどき見かける「福島県は人がすむところではない」「福島からは人を避難させて物は出すな」などの暴論は論外。*3
 行政区画と汚染状況は合致しないし、福島県全域を「汚染地域」として忌避するのであれば、1200万人以上の都民を抱える東京都をはじめとして首都圏がすっぽり汚染地域になる。日本の人口の2割から3割以上を移住の対象と考えるのは現実的ではない。それだけ危険なんだとそんなふうに見ている人も今はいるのだろうとは思うけれど、空間放射線量だけで評価するなら西日本はもともとバックグラウンドが高いので、大阪と東京とで外部被曝は実はあまり変わらないし(大阪の方が高い地域もあるよね)。

 けれども、ここ数年はある程度の除染をしてもなお居住が厳しい地域は現に存在する。強制的な避難の対象地区ではない地域であっても、子ども育てるのが厳しいくらい空間放射線量が高いままの地域は確実にある。
 現実の空間放射線量が高い地域はもちろん、被曝そのものによる健康被害の他に「被曝で健康を害するかもしれない」特に「子どもに健康被害がでるかもしれない」ことから受ける健康被害だって軽視することはできない。権利としての避難は保障されなければならないと思う。ただ、それが完全な「移住」なのかどうかはまた別の問題で、遠方に移住せずとももとの居住地から近い場所への引っ越しで済む場合もあるかもしれないし、除染と住まいの補修…屋外からの放射線を遮蔽するなんらかの手段を組み入れた補修…が有効な場合もあるかもしれない。また、Cs134の半減期は2年なのだから、数年間の避難生活のあと、我が家に戻って生活再建するという手段もあるかもしれない。選ぶことのできるメニューは多い方がいい。同じ家族の中でもお年寄りはもともとの居住地から離れない方がリスクが低くて子育て世代は離れることが必要な場合だってあるし、遠方への避難ではなくて行き来が可能な範囲の転居が望ましいことだってあるだろう。

 どちらにしても、汚染状況の実測値とわかっている範囲の健康被害のリスクを最大限に情報公開することと、移住の場合は居住地と生計維持の手段、一時避難(数年間であっても一時避難は一時避難だ)の場合はそれに加えて戻った時の生活再建の手段も支援する必要がある、なんてことは東京都の三宅島全島避難の経験からも学ぶべきことではないかと考える。


 追記

 ベラルーシは自殺率の高い国だ。もちろん原発事故そのものの影響がどこまで今の自殺率に反映しているのかはわからない。でも、汚染された土壌の中で暮らすことによる健康被害も、そこからくるストレスも、また、移住によって故郷を失ったことによるストレスも、さらには汚染地域への差別なども含めて、自殺率が高くなっている可能性はあるような気がする。
 被曝による健康被害そのものへの注目が、放射性物質によって汚染された地域の一部を忌避することにつながってはいないか、「避難の勧め」という善意の奥に「私が怖いものを避けておきたい」という気持ちを潜ませていないか、「その土地」と「その土地に住む人々」を切り捨てることにつながっていないかを私自身がまず気をつけていきたいと思う。

*1:むしろ身体症状化という形で先に「身体が助けに来る」ことで休養がとれて精神疾患を防いでいる場合もあるのだと思う。「身体が助けに来る」というのは、中井久夫先生が『分裂病の回復と養生』(星和書店)に書いておられる、私がとても好きな言葉。

*2:親がピリピリしているときには子どもにはなにかしらの反応…身体症状化は出やすいとも思う。これは私の経験だけど。放射線量が低い場所に避難(旅行なども含む)して身体症状がおさまったとしても、それが「被曝の影響を低減できたから」なのか「ストレスフルな状態から解放されたから」なのかはわからないだろう。でもどっちにしても回復できることが重要。

*3:font-daさんはそういう暴論についても批判しています。念のために書いておきます。