「告訴能力」って何?

◆YOMIURI ON LINE 2009年9月30日 00時45分
<被害女性に知的障害、裁判所「告訴能力なし」> 
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090930-OYT1T00028.htm

 このニュースに関する法律面についての補足説明の記事(法律系院生のid:kleinteich さんのブログ)も読みました。
◆<被害者本人と独立して、法定代理人等は告訴をすることができます>
http://d.hatena.ne.jp/kleinteich/20090930/1254299565

 で、いろいろ考えました。


 この事例に関しては、情報が少ないためによくわからないことも多いのですが、被害女性が20歳代ということなので、法定代理人のうち、「親権者」は、ご本人が成人に達しているので親が法定代理人にはならないかと思います。
 そして、成年後見制度の後見人(あるいは、審判を受けた保佐人、補助人)はどうかというと、まだ20歳代でご本人を保護できるご家族が健在である場合は、財産相続などかなり特殊な事情がないと、制度利用自体をしていない可能性が大です。手続きもめんどうだし何よりもご本人の権利制限がかかる問題ですから、その「制限」が「権利擁護」のために是非とも必要、というのでなければそうそう成年後見制度の利用はしないでしょう。

 で、後見人(もしくは保佐人、補助人)がついていれば、検察もご本人による告訴には踏み切らなかったでしょう・・・っていうよりここを見逃していたとしたら、検察がちょっととんでもないです。

 ですから、この事例では、ご本人に「告訴能力」なしと判断された場合は、法定代理人がおらず、「利害関係者」として家族やその他の近しい人が告訴することになったのではないかと想像します。
 でも、検察側はご本人に「告訴能力」ありと認められるだろう、と判断したわけなんですよね。

 で、この「告訴能力」の判断が、いつどこで誰がどのような手順で判断するのか、なぜ検察の判断と地裁の判断が異なるのか、それがとても気になっています。


 この地裁判断について奥村弁護士が9月30日のエントリでこの事例をとりあげ、「告訴能力」についての判例もあわせて引用しています。
 ↓
 http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20090930#1254245412

 奥村弁護士の引用している「告訴能力」判断の事例(東京地裁平成15年6月20日)だと、「本件被害の内容を理解した上で被告人に対する処罰を求めていることが認められ」とあり、小学6年生の拙い表現でも「告訴能力」が認められています。今回の事例の被害者の場合は、知的障害ということで表現はさらに拙かったかもしれませんけれども。
 子どももそうですが、知的障害や精神障害を持っている人は、緊張するとわかっていること自分が思っていることも十分表現できないことがあります。質問者に誘導もされやすいですし、つじつまのあわない話になってしまうこともあります。
 どれだけものごとを理解しているのか、ということを判断するためには、ご本人がリラックスして思っていることをちゃんと話ができる環境を作っていかないとうまくいきません。普段から馬鹿にされないよう、差別されないようものすごく気を使って過敏になっている人も・・・特に障害の「軽い」人には多いんじゃないかな。

 この事例が、警察や検察の先走りでなかったら(残念ながらこういう事態だって考えておかなくちゃならないですよね。何しろ今は情報が少なすぎるから・・・)、捜査段階でご本人から、そのご本人なりの理解と表現であっても「不愉快だった」「嫌だった」「怖かった」という意思表明は何かしらあったのじゃないかと思うんですよ。捜査段階と裁判の場面とでご本人の表出するものが違ったとしたら、誰がどこまでちゃんと聞けているんだろうってとっても気になります。